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| 平成18年6月更新 |
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| 平成18年度全国麺類飲食業者沖縄大会開催される。 |
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| 平成18年6月28日 場所:万国津梁館において |
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| 平成18年6月27日 |
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大阪組合一行21名は早朝伊丹空港に集合しJAL2801便9時10分発沖縄に向かう。
沖縄那覇空港着11時25分ガイドの案内により始めの昼食場所、
沖縄都ホテルにつき地価の宴会場で昼食をとる。 |
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最初の観光地は(やんばる亜熱帯園)に行き
自然の中に蘭の植生された木を説明うけながら回る |
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| 次の観光地は海博公園の中の沖縄美ら海水族館 |
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| 今帰仁城址を見る。 |
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| 第一日目の観光が終わり恩納村・リザンシーパークホテル谷茶ベイに6時ごろ到着 |
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6月28日は第72回全国麺類飲食業者沖縄大会の当日です。
午前中は中部観光を初めに大自然植物園ビオスの丘ジャングルクルーズを行う |
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| 次の行ったところは伝えたい昔の沖縄、琉球村を見学。 |
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蛇腹線の演奏
沖縄へメンソーレ |
| 沖縄民謡の舞台です。 |
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旧沖縄村の住居 |
旧民家の機織り琉球ガスリ
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旧沖縄の住宅の中で
沖縄の民謡の中の
太鼓の陳列 |
| 沖縄の住宅の中の庭 |
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沖縄の踊り |
| サトウキビの作業場 |
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最後に集まってみんなで踊りました。 |
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| 道の駅の二階において昼食を食べて全国大会に参加する。 |
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資料館の庭 |
| 全国大会受付風景 |
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第72回全国全国麺類飲食業者沖縄大会 |
| 喫茶室からみた庭 |
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資料館の庭園風景 |
| 全国大会会場風景 |
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全国大会会場理事長挨拶 |
| 石原衆議院議員の挨拶 |
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沖縄のお手前茶 |
| 沖縄の民族衣装の接待係 |
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お手前風景 |
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| 20時30分大会修了後同じホテルに戻る。 |
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| 6月29日 |
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| 南部観光まず始めに首里城を見学 |
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守礼の門にて記念撮影風景 |
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首里城の入口 |
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階段を上り首里城の門をくぐる |
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首里城の出口風景 |
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首里城の広場 |
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| 首里城の見学後姫ゆりの塔を見学。 |
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名古屋の彫刻家がひめゆり部隊の
少女霊を平和の祈念とし鎮魂する |
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ひめゆり部隊の霊名簿跡 |
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| その後、琉球ガラス村に行き陶器の一輪挿しを買う。 |
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| 那覇空港17時35分発LAL2088便で帰宅する。 |
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店長が、ぶらりと訪れた、史跡・仏閣の散策 |
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平成16年8月更新
元伊勢内宮・皇大神社
去る、2月に元伊勢内宮煮参拝する。
ご祭神は、 ご本殿には 天照皇大神・
脇宮 左殿 天手力雄命・
右殿 たくはたちじひめのみこと
末社 熊野神社外八十社
元伊勢参りの今昔
2千年前には、この地は大江山を中心とする丹波山地の大原生林の一角だ、人跡未踏の秘境であったと思われる。庶民の参拝が始まったのは鎌倉・室町・戦国のころからと推定去れるが、徳川時代には、参勤交代の通路となったため、宮津藩主の尊崇を受け、急に広く崇敬の輪を広げた。
明治期まで、年間の参拝者8万人と記されており、麓には、宿屋が10軒も有り、茶屋、土産物店が軒を並べていたという。
当時は、由良川の船が利用され、船着場から約4キロ歩くだけだったので老若男女を問わず大勢の人が参拝したようである。
其の船便が途絶えた関係もあって、大正から昭和30年代後半ころまでは、参拝客も激減し、元伊勢も衰退の一途をたどった。
元伊勢参りは、、昭和40年代後半頃から急に盛んとなり、昭和50年ころからは、ほとんど往時をしのぐ状況となってきた。
最大の原因は、自動車の普及と道路の整備であろう。
又、福知山・宮ズ、宮津間を結ぶ北近畿タンゴ鉄道営福線が開通したので参拝者がさらに増加傾向にある。
現在の元伊勢参拝者は、地元近郷中心から急に遠隔に広がって行き、
大阪・神戸・姫路・和歌山・岐阜・愛知からの参拝者が目立ってきた。
単純な観光客よりも、熱心な崇敬者の参拝が圧倒的に多く、宗教段階や教租的信仰者のお参りが非常に多いのも特色の一つである。。
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御由緒
元伊勢は、皇祖(皇室のご先祖先)天照皇大神をお祀りする神社だ、正式名は、皇大神社だある。
一般煮其の上に元伊勢内宮ウォ冠してお呼びしている。伝承によれば、大十代崇神天皇36年(西暦紀元前59年)に、「別に大宮地を求めて鎮め祭れ」との皇大神の教えに従い永遠
祀利する聖地を求め、それまで奉斎されていた倭の笠縫邑(現・奈良県桜井市三輪)を出御
されたが、今を去る2千数十年前のはるか昔であった。
そうしてまず最初に、はるばると但波(丹波)へ御遷幸、その御由緒により当社が創建されたと伝えられている。
皇大神は、4年の後御神蹟をとどめなされて再び倭へお帰りになり、諸所を経て、垂任天皇26年(西暦紀元前4年)に伊勢の五十鈴川上の聖地(今の伊勢の神宮)に常永遠にお鎮まりになった。
然し、天照皇大神の御神徳を仰ぎ慕う遠近の崇敬者は、引き続き当社を伊勢神宮内宮野元宮として、「元伊勢内宮」あるいは「元伊勢皇大神宮」「大神宮さん」などと呼び親しみ、今もいたるも庶民の篤い信仰は続いている |
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店長の一言
この神社は、私が、師事を受けておりました、信仰の先生より20年前に元伊勢のお話をおききしまして、一度は必ず参拝したい神社でした、
今年の2月に其の機会をえまして参りました。
本当に丹波のちにこんな場所がいまだにあるのかと思わせる神秘に包まれた場所で、駐車場には、誰もいなくて、函がおいてあり駐車料金はこの中にお入れくださいとなっておりました。
又農家の軒先には其の家の収穫された野菜や果物が並べてあり、値札はついておりましたが売り子はいません籠の中にお入れくださいと書いてあります。
本当に昔の田舎を思わせるのどかな風情です。
其の田舎道とをとうり過ぎますと山道に入ります、だんだん険しい山道で階段は石をならべて階段にしてあり、其の険しい階段を約20分も登ったでしょう香、両端には杉の大木が年輪を思わせるごとく聳え立ち本当に神秘さを思わせる感じでした。
やっとのことで手洗いの場所につき心を清め又階段を上りました。
やっとのことで本殿に着きました。
伊勢神宮にも神秘さはありましたがこの元伊勢には神秘さの中に本当に昔の神社の厳かな
自然に手をあわして心をきよめて参拝する気持ちは私だけだしょうか、
時間があまりありませんので、ゆっくりお参りは出来ませず残念でしたがたくさんの小さな神社や君が代にあるさざれ石など天照大神の天の岩戸などがありました。
なかなか機会がないといけませんがもう一度お参りできたらと思います
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